ジェンガラについて/Oberoi Kamakura オベロイ鎌倉

Brand Profile of Jenggala

ジェンガラについて

ジェンガラは1976年にバリのサヌールで、ホテル経営者でオランダとインドネシアのハーフのWija Waworuntu氏やWijaと妻イギリス人アーティスト・ジュディスとの娘Ade Waworuntu氏、ニュージーランドの陶芸デザイナーBrent Hesselyn氏らとともにWija氏のホテルTandjung Sariに食器を卸すための小さな窯元として始まりました。

バリの自然や伝統的な形や柄のモチーフ、西洋的でモダンなデザインと実用性、元カッシーナ日本人デザイナーによる和のエッセンスを取り入れ、都会的で洗練されたジェンガラの食器は、バリのリゾート人気・ホテル建築ラッシュと共にBvlgari Resort、Ritz carlton、Four Seasons、Conrad、 Hilton、Grand Hyatt、Shangri-Laなど、5つ星高級リゾートホテルで次々に採用され、バリの高級ホテルがおもてなしをするためのアイテムとして欠かせないブランドとなりました。

その後ジンバランに大きな工場とギャラリー・カフェを構え、世界中の5つ星ホテルへの商品供給をメインに、中東、アジア、アメリカで大人気のブランドとなり3000種の多岐にわたる商品を開発しています。バリの伝統に培われたデザイン、バリの人たちによる手づくりの工程を守り、5つ星ホテル供給で得た高い信頼とクオリティを保ちながら、日本、北欧など世界中のデザイナーと共に新しい商品の開発を続けています。

唯一無二のアジアンテーブルウェア・ジェンガラ。
日本にいながら南国の高級リゾートや5つ星ホテルのダイニングにいるかのような気分をぜひご家庭で味わってください。

Beginning of Jenggala

ジェンガラのはじまり

欧米のセレブに愛されるホテル「タンジュンサリ」

「神々の島」「最後の楽園」として、世界中の人々を魅了する観光地バリ。 バリ島は1930年代オランダ植民地政府の政策のもとにヨーロッパに紹介され、セレブたちや芸術家たちがこぞって訪れました。 そして第二次世界大戦後、1960年代から政府が国策としてバリ・サヌールビーチを開発、以後欧米人の集まるリゾートとして発展しました。

しかしホテルタンジュンサリ(インドネシア語で「華の岬」)は、国や政治とは全く関係なく、バリを愛するオーナーがつくったわずか4つのバンガローから1962年にスタートします。(今バンガローの数は26)
そこは欧米のセレブたちから愛されてきたアジアで最初のブティックホテル・隠れ宿的なバンガローホテルでした。

ミックジャガーやデビットボウイ、ジョンレノン、オノヨーコ、リンゴスターなどのロックスターが定宿とし女優イングリッドバーグマン、デヴィ夫人、英国貴族の第十五代ベッドフォード公爵夫妻や人類学者のマーガレット・ミードもいました。
彼らは、タンジュンサリが贅を極めたラグジュアリーホテルだったから集ったのではありません。いまもそうですがタンジュンサリのバンガローは、ごくシンプルなバリ建築で、TVもありません。同時期にバリハイアットなど大型リゾート開発もおこなわれましたが、セレブはタンジュンサリを選びました。

バリの魅力が凝縮されたタンジュンサリオリジナルのうつわ「Jenggala」

なぜ欧米のセレブに愛され続けてきたのか?

それはWijaというオランダとのハーフで西洋の視点、インドネシア人から見たバリの魅力を知り尽くし、アートディーラーとして舞踏、音楽、アートとバリの魅力を知り尽くしたバリの魅力を伝えられるナビゲーターとしての魅力と、一つ一つオリジナルに焼かれたこのホテル専用のうつわ・ジェンガラの食器や床タイル、心のこもった料理など旅人の心をほぐす、バリの伝統と欧米のテイストを合わせもつホスピタリティが生きていたからにほかなりません。

そしてタンジュンサリでのオリジナルのうつわが評判を呼び「Jenggala」は瞬く間に高級ホテルご用達のブランドとして人気を博していくことになります。

私たちが心地よいと思うバリの、あるいはアジアのリゾートの原型は、すべてタンジュンサリとジェンガラのオーナーであるWija Waworuntu ウィヤ・ワォルントゥをめぐる仲間たちの中から生まれたものでした。

もしここにアジアで最初のブティックホテルと言われる「タンジュンサリ」が生まれなかったなら、バリはいまのようなアジアを代表するリゾートではなかったかもしれません。